曽野と森

メメント 森 達也

この本は、書名に表れた執筆者の遊び心につい手にとってしまったものだ。メメント  モリ  は中世の修道士が戒めとして自らを律するときにつぶやいたことばだ。「死をわすれるな」というのは、わたしたちの生には限りが有り、いつも人生という旅の途上であることを明らかにする。この世界に打ち込み過ぎて陶酔するのも間違いだし、なんにも関心がなく醒めすぎているのもいただけない。生きていると言う実感や、与えられているいのちの時間というものを感じられて生きるためにも、死を忘れてはいけないという戒めなのだ。森は映画監督らしいが生活の様々なシーンで出会う死を饒舌に述べている。ありふれた日常を豊富に語るわけだが、眼差しがまさにドキュメンタリー作家である。さまざまな死を通して現代が浮かび上がってくる。装幀が、白地の生成りの紙にこれまた生成りの帯、黄色みの強いオリーブグリーンの文字にバナナの皮だけが無造作におかれているものだ。おいしいところはもう食べちゃったからねと言っているようだ。


曾野綾子 今日をありがとう──人生にひるまない365日の言葉

辛口で男性的な語り口の曽野綾子の短文集は各社が出しているが、どれもよく売れているらしい。小説やエッセイを書いたモノを、編集者が再編集したものが売れちゃうんだから、この人の言葉には力があるのだろう。かくいう自分も曽野のファンである。日本は男性原理と女性原原理のうちかつての雷親父的父権が大きく退潮して母性社会になり、それゆえの問題性が親子関係をゆがめているといったのは河合隼雄だが、成熟した男性性と女性性を併せ持ち、人間のいい加減さを熟知しながら泥の中に宝石を探すことができるのが曽野だ。人間を表裏両面からみて、そのままの人間を語るのは実は難しいが、生涯言葉を探し続けるこの人はまさに言葉の錬金術師だ。価値ある黄金の言葉を紡ぐのである。そしてこの本の作りの面白さは、机の上でいつまでも開きっぱなしでいられることだ。そんなのはなんでもないと思ったら大間違い。大抵の並製の本は、両手でしっかり持っていても閉じてしまう作りだ。丸背の上製本であっても、開いたままは難しい。よろしかったら、あなたの本も開いてみてごらんなさい。きっと勝手に閉じてしまいますよ。開けっ放しにできるところが、この本のありかたを示しているようで面白い。

堀木一男

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