活版印刷からの遠近法

今年4月、仕事中いつも聞いているFMで紹介しているのを聞いて、すぐ探したのがこの写真集だ。Amazonで新本が見あたらず古本で購入。『文字の母たち』…ラジオから聞こえてきた書名にもぐっと心を引かれた。


 書物の奥深い成り立ちを辿る時、著者(港 千尋)は今では遠くなってしまった「活字」「活版」に行き着き、魅了される。そしてその世界を丹念に写し残そうと試みた。著者は批評家であり写真家でもあった。
 写真はフランス国立印刷所で、2006年に活版部門が大幅縮小される直前に撮影されている。この印刷所はグーテンベルグの印刷術発明とほとんど同じ500年近くの歴史を持ち、ガラモン書体のクロード・ガラモンも在籍していたところでもある。縮小といっても閉鎖に等しいいわば歴史の終焉…の直前とあっては、撮影の時間はまったく足りなかったに違いない。半分近くはカラー写真だが、モノクロの方が濃密さ質感が「活字」のもつ鉛とインクのイメージとぴったり重なって印象的だ。


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 特に「活版印刷」の世界の圧倒的な物(ブツ即ち金属)の量感に、私もかつて見た活版印刷の現場や空気を思い返し感動する。書物を生み出す過程が、もとは圧倒的に「物」のある風景であり、物理的に組み上げられた世界だったということを改めて思う。その様々な物に係わる、れぞれに専門分化した技術と、多くの人々の人生が存在した。濃密なの写真の向こうに、そうした深い歴史を感じ取ることができる。
昨今の「電子本」の世界から感じる軽快なスマートさとは、真逆のイメージだ。



…などと思っていたら、同じ著者のもう1冊『書物の変──グーグルベルグの時代』見つけた。実は購入間もなくまだ読んでいないが、併せて紹介しておきたい。
書名からも想像できるように、書物の「電子本」化をとりあげている。
物が支えていた情報(グーテンベルグ)から電子による情報(グーグル)への移行を見据えた内容だ。
このもう一冊がなかったら先の写真集は、下手をするとただ記録やノスタルジーに見えてしまうかもしれない。
『文字の母たち』から「電子本」。この2点間を結ぶ著者の視線が書物への思いを中心に、人に何をもたらしまた何を失わせるのか…どう論評されているのか期待している。活版印刷の歴史を見届けた人が、現在の書物の状況を語るのだ。この遠近法的な見方に共感し、私も考えたい。

岡野祐三

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