CONVIVIA COLOR_2
2/16

2convivia color大無量寿経中の48願中の4願。阿弥陀如来となる前の法蔵菩薩が発した願。 その意味するところは、「たとい私が仏と成り得ても、浄土においてもろもろの人たちの形が同じでなく好よき者と醜き者とに別れるなら、私は仏に成らぬ。」というものである。 浄土の美というのは、一元の美であり、好(美)・醜の二元の世界がなくなるようにとの願である。一元の美を不二の美ともいう。 柳宗悦はわれわれの世にある、力のある者・ない者、才能のある者・ない者、美しい者・醜い者という二元論的な世界をうち破り、皆が同じでなく、違っていながら全てが美しいという境地での仕事ぶりをここから説いた。 現実に存する茶碗の大名物「喜左衛門」と呼ばれる井戸茶碗はそれを実現しているというのだ。 この井戸茶碗は、300年前無名の朝鮮の陶工の手になるもので、無心のあわただしい生活の中から生まれたものだ。 民衆の雑器として沢山作られたものが見いだされ、茶器に転用され大名物になったものだ。 以来この方、時代時代の作家がこれを超えようと挑んでいるがこえられていない。だから、こういえる。井戸茶碗は井戸茶碗ではない、これを井戸茶碗と名づけよう。となるのだ。私は私ではない、これを私と名づけよう。わかった?無む有う好こう醜じゅの願般若波羅蜜は即ち般若波羅蜜にあらずこれを般若波羅蜜と名づく金剛教より■ 堀木一男 アートを筆頭に、モノや事などにおいて、創造する人間がもつ意気込みみたいな物を、作品から感じる事が多々あります。日常の仕事の中では、繰り返しの作業になりがちと感じているだけに、そういった作品に向き合うと姿勢が正され、背筋が伸びるような気持ちがします。動物画の奇才・薮内正幸の世界展絵が描けるってすごい。■ 山田純一2009年5月、吉祥寺美術館にて開催。 「どうぶつのおかあさん」や「くちばし」「しっぽのはたらき」などの絵本からアニマなどの雑誌、動物図鑑などで活躍されていた薮内正幸の展覧会を見に行く。 印刷を念頭に置いたカラーイラストの迫力と躍動する筋肉を覆っている毛並みや、羽根の重なりを表現した繊細なモノクロのペン画を、のめり込むように鑑賞。 芸術家ではなく、イラストレーターであり挿絵画家というスタンスの絵は、修正の後が沢山残っていてむしろそれが得も言われぬ迫力に感じられた。 雰囲気ばかりの絵本の中で、こうした科学的に正確な形を、子供たちに提示してきた意味は大きい。 子供を必要以上に幼児扱いしないスタンスに共感する。 カラーイラストもさることながらモノクロのペン画の見事さに衝撃を受けた。 個人的に趣味で、チマチマとペン画を描いていたので明らかに違うクオリティーにクラクラしながらもその分、得る物も多く、とても、かなり、すっごく参考になった。(活かせるかは分からないが)写真の画集は、今回の展覧会用ではなく薮内正幸美術館に用意されているスケッチ集。 自由に、生き生きとしたタッチで動物や鳥たちが描かれている。迷い線というより、遊び線が多く、描き方が楽しげで、見ていて飽きる事がない。 ちょんちょんちょんと、わずかなタッチで仕上げた鳥の落書きや走り回る線の中から造形される動物の、見事なまでの表現力に感嘆。

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です