CONVIVIA COLOR_1
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3CONVIVIAL COLOR 1 NEPAL岡野 これはバクタプールですけど、世界遺産でありながら生活の場であるという所です。生活の場なので結構汚して使っていますよね。きれいなまま残そうとはしていない。まさにそこに生活がある感じです。堀木 これを見て、商人たちがまだいきいき生きていけるという感じがいいですね。カトマンズにはインターネットカフェがかなりありましたけど、この商人たちの多分息子の世代には、かなり価値観が変わってしまうんじゃないでしょうか。 ネパールというと山また山の国だから、交通が非常に不便じゃないですか。だから守られてきた文化があるでしょ。ところが四駆が入ってきたりして…。岡野 そうなんです。カトマンズからヘリで飛ぶと分かりますけど、道がもうついてますよね。岡の頂上までね。ジョンソム街道なんかでも四駆のトラックに乗せてもらって旅したわけだけれども、昔はロバや牛の隊商が岩塩などを積んで通っていた。それが今は車が取って代わっているわけですからね。堀木 道が出来るということは、便利なんだけど様々な影響を受けやすくなる。僕はタイに行った時に感じたんだけど、道が出来てしまうと教育が入ってくるというんです。その国の底力を上げるためにも公の学校制度を作って国民の民度を上げたいというのは良く分かるし、子ども達に教育を施すのはとても大切なんですけれど、少数民族や貧しい農民は、教育費という現金収入を得るために出稼ぎに行かなくてはならない。山奥の子どもは一山向こうの学校に通えないので寄宿舎のある学校に行かざるをえない。結局一家は離散状態になってしまうようなんですね。岡野 僕らが旅をした結果一様にいだく危惧がある。貧しい国という先入観をもって来てみたら、実は彼らの方が豊かそうであり、ひょっとすると自分たちより幸せそうにみえるという感じをいだいて、だけど一方で一抹の寂しさ、このまま行くとこの良いものは失われてしまうなというのが分かるわけですよ。 そんな危惧も明治期に日本にやってきた外国人が、西洋化する日本をみて感じたことと同様ではないでしょうか。そうして寂しく思うわけですよ。でもその動きはおそらく止められないんですよ。堀木 自分たちのいる場所からネパールに行くと文明や文化の質みたいなものの違いとか、先に行っている感じ、それが必ずしも幸せじゃないということが分かっちゃうわけだよね。だけど交流というのは多分止まらないですよね。その辺にみんな痛みを伴うんだろうけれど。岡野 すぐにデザインなんかをきちんとしなければ、国際的な競争に勝てないという時代になることはわかっているんですけれどね。できれば、そっとそのままにしておきたいという感じですかね。堀木 結局、弱肉強食の論理がいつも歴史では起きているから、そういう意味ではやはり、自力をつけて対等につきあえる民族にならなければいけないというのがあるのでしょうね。岡野 ネパールって物価が安いし例えば年収はいくらかと、アルジュンさんにききました。そうしたら、彼はここの人たちには年収などという考え方がないと。そういうこと考えて生きていないと半ば叱られて、ああそうかと。年収いくらという現金収入がなくても彼らは生きて来れたわけですよ。堀木 だから市場経済のものさしとは違った、村落共同体の絆がしっかりしているからでしょうね。岡野 夜になるとロッジの外からピーヒャラと笛や太鼓の音が聞こえてくるんですよね。テレビなどない彼らが、家族の団らんで食後に太鼓叩いて歌を歌って、笛を吹いて楽しんでいるような様子なんですよ。堀木 家族の団らんは日本になくなっちゃいましたよね。みんなが好きな時に飯食って、好きな時に帰ってくるわけだから、一緒に集まってテレビをみることもだんだんなくなってきているでしょ。岡野 僕らの生活には夜も昼もないわけだから…。やはり生活のリズムをひとつにあわせてね、みんなで生きているという感じがないとね。堀木 この間星野道夫の本*2を読んで感じたんだけど、彼は不思議な出会いでアラスカという広大な大自然とそこに住むエスキモーやインディアンや野生生物に向き合う生き方を選択するんだけど、先住民の生活はもともと土地所有がないし、生活手段は狩猟だから、居留地なんかに押し込められた彼らは生活を失い壊滅的な生活を余儀なくされたようです。アル中の人が増えたり、アメリカの公教育のためにかえって部族の言葉が次代に受け継がれなかったり辛酸をなめ尽すわけです。70年代のベトナム戦争の時には、エスキモーやインディアンは黒人とともに戦地に送られ約5万人が死んだらしい。それどころか帰還したそれらの先住民たちはその後15万人が精神を病んで自殺したそうです。紆余曲折があって苦労したそれらの人々が、なんとか民族のアイデンティティーを取り戻そうとする姿は、地球規模で進行する環境問題への危機感とどこか通ずるようで、きわめて切迫した現代的な問題を感じましたね。岡野 僕もついこの間読んだんですが、南米のヤノマミ族とかの先住民などの村を旅してまとめた写真集*3なんです。ある先住民の活動家に同行し取材したもので、それは自分たちの文化を守るために、まず森をなくしてはだめだと。居留地に押し込められたインディアンの轍を踏まないように自分たちの住むべき森の権利を確保しようと、沢山の部族を束ねてその意味を説いて回るという運動です。そういう運動が高まって結構希望のある話になっているようでしたね。堀木 世界が同時不況になって、行き詰まり感がありますが、先住民の市場経済に頼らない生き方がむしろ新しく見えてくる。それぞれの人々が自然の恵みの中で生きてきたことの意味が、全く素晴らしいことであるというふうに見えてくる。それが今の時代の中でとても価値があることだなという気がするんだよね。そういうことの意味が、だんだん伝わる世の中になってきたよね。今までは先住民の暮らしは文化的に劣るというか、未発達なというニュアンスだったけれど。岡野 それで、つい先日ジェームス・キャメロン監督の「アバター」という映画を見たんですが、まさにそういうことがテーマになっていました。資源が欲しいために、自分たちより劣っている所に行って、地球から派遣されている人間がいわば先住民達を追っ払おうとするわけなんだけれど、人間の手先として送り込まれた者がいろんなことに気づいてしまって、むしろ彼らを守りたいというふになるんです。堀木 なるほど。結局自然と向き合うことによって、何かが覚醒するっていう感じがあるのかね。岡野 そうなんです。そこで自然というのがひとつのネットワークになっていて、更新していくってわけです。もちろん図式的に描いているんだけれども。こういうことを、メジャーな映画監督が取り上げる時代なんですよね。堀木 ジェームス・キャメロンは時代を読む感覚に優れているからでしょうけど、今の時代の人間の未来像の歪みに気づいて製作してるんでしょうね。岡野 完全になぞられて置き換えられて見ることが出来るように作っているんでしょうね。堀木 世界の様々な少数民族の宗教は自然神的な傾向、アニミズムの呪術的世界だったと思うんですけど、否定的側面ではなくて、自然の恵みとしての植物や動物の命がダイレクトに自分たちに取り込まれ、自分たちの命そのものに変貌していることを本当の意味で知っている点において、我々よりもずっと深い自然に対する畏敬とか知を獲得してしているんじゃないかと思います。自然を通して本当にかけがえのないことは何かとか、そこに目が向くようになってきたという気がしますね。 ■HORIKI KazuoOKANO Yuzo*1 『逝きし世の面影』 渡辺京二/平凡社ライブラリー*2 『イニュイック 生命──アラスカの原野を旅する』 星野道夫/新潮文庫 『ノーザンライツ』 星野道夫/新潮文庫 『旅をする木』 星野道夫/文春文庫*3 『鳥のように、川のように──森の哲人アユトンとの旅』 長倉洋海/徳間文庫失われたものへの寂しさ自然が覚醒させる■■■■

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