CONVIVIA COLOR_1
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2CONVIVIAL COLOR 1 NEPAL堀木 2008年、2009年とほぼ同時期の2月、3月に私と岡野さんは、相前後してネパールに行って来ました。山奥の子供達と絵を描くことで交流するというプログラムに参加したのだけれど、そちらの方はそれぞれ報告集にまとめました。 それぞれかなりの枚数の写真を撮ったわけだけれど、二人が別々に撮った写真をもう一度眺めてみました。ネパールを通過して何を感じたのか。僕の独断で、お気に入りの写真を選び、その写真を眺めながら感じたことを文章にしてまとめてみようと思い立ちました。その小冊子は巻頭に二人でネパールについての対談をするところからはじめたいと願っていました。というわけでどうぞよろしくお願いします。 ところで岡野さんは、新婚旅行もネパールでしたよね。ネパールには以前から興味があったのですか。岡野 単純に山に興味があり、新婚旅行とも重なってちょっと珍しい所ということで、相当事前の勉強もして行きました。堀木 山登りの好きな人たちが、エベレストに憧れるというやつですか?岡野 だけどエベレストに登山に行くわけじゃないから、ネパールの人々の暮らし、山の民の暮らしということが興味の中心でしたね。堀木 僕は友人のKさんが定年退職後ネパールに行き、現地の女性に裁縫を教えるという潔い生活をしていることを知って、いつかネパールに行ってみたいと思っていました。アジアに関わるNGOの資料など読むと、バングラデシュやネパールはアジアで最も貧しい国として紹介されているんですね。行ってみて貧しいというより、風景の素晴らしさに目を奪われたという感じでした。岡野 僕は都市部が汚れた感じの他は初めての時の印象と変わりませんでした。ただ初めて行った時は、空港に行くと必ず「ワン ルピー プリーズ」と言われるし「100円ライター」ってねだられましたが、今回はなぜだかそれが全然なかった。堀木 そういえばカトマンズの空港には、荷役の労働者が沢山いてあちこちで仕事をしていましたが、金をせびるという感じじゃなかったですね。僕が驚いたのは、聖地カトマンズの交通渋滞のすごさ、空気の汚染のひどさ、その中を悠然とヤギや牛が通過して行く光景です。岡野 交通渋滞は前はそんなになかったです。以前と違うのは都市化がものすごく進んでいて、バイクや車の廃棄ガスがひどいのだけれど、ソウルの様なデザイン的な洗練を意味しない都市化ですね。ボロボロの車がただ集中してしまって密度がやたらと濃くなっただけという、かえって物的な質の貧しさを感じましたね。堀木 アジアを旅してみて僕が思うのは、東京から離れて風俗の違う街を歩いているさなかに、ふと日常と非日常ということを感じることかな。つまり旅は非日常の世界なわけだけど、旅先には別の時間、別の暮らしの日常が厳然としてあるという感じかな。どんなに物珍しく見える世界であっても、抜き差しならない生の現場があるみたいな感じなんだけれど。岡野さんはその辺はどう?岡野 僕らはあくまでも旅行者だから、通過していく人間ではあるけれど、それでも垣間見えるじゃないですか。上辺しか見てないのも事実ですが、ある種の真実の断面を感じることがありますよね。 先日読んだ本*1で、明治になって外国から沢山の人々がやってきましたが、彼らが本国に日本の印象を書き送っているんです。その手記の中に垣間見えるのは、江戸の文明の残照というものなんですね。彼らはまさに旅人だし、外国人だから、オリエンタリズムというフィルターがかかっていますが、一様に日本人の暮らしが質素で明るく活き活きしたものであり、ヨーロッパのどの国の人たちよりもずっと自由に感じると述べているんです。僕らの旅も明治期の外国人の目と同じではないかと思うんですよ。 初めてネパールに行った時の感想は、貧しいけれども、僕らよりずっと豊かに暮らしているし、幸せそうだなと感じました。人々の暮らしは、物も薬も衛生観念もない所でしたが、それでも何世代にわたってずっと生きてきたわけだしそこにいろいろな知恵があってね…。堀木 経済的には貧しいとしかいいようがないんだけれど、何か豊かさを感じてしまうということですか。岡野 豊かささえ44感じてしまうというか、ちっとも貧しくないというか。印象的だったのは今回ナウリコット村で実業家のアルジュンさんが、あなたがた日本人からみて貧困とは何か? 僕たちは貧乏に見えますか? との問いかけでした。彼は、物は圧倒的にないけれど、その中で自分たちが誇りをもって、あるがままの中でひとつの幸せをつかんでいくのだといいたかったのだと思いました。。 一方都市の人間は、西洋的な文明の物の豊かさに憧れてそちらに傾斜してなだれをうっている面がある。ナウリコットに行った人の話で、去年は子ども達がお金ちょうだいと言わなかったのに、今年はそういうことをいいはじめていると言って落胆している人がいました。堀木 去年は確かにお金ちょうだいはなかったかなー。スイーツ プリーズといってお菓子をねだった子がわずかにいたくらいでしたね。 自分たちが子どもだった頃の日本はまだ貧しかったですね。今は世界のトップクラスの富める国になっているわけだけど、豊かさの内実は非常に貧しいというのが分かりますよね。そういう意味では、このネパールに来ていろいろなものが見えるんだけど、たとえばネパールの自然、なにもない自然に僕は感動しちゃって、何で感動しているんだろうと思いました。その辺はどうですか。岡野 なにもない自然てどいうこと。ピュアな自然。原生林とかですか。堀木 例えばカリガンダキ川の広大な河原、広大なスペースを見るだけで今までにない感銘を受けてしまったとか。それから目を上げるとアンナプルナ山系の8000m級の山並みが見えるとかかな。岡野 そういう地勢的なことから言うとまず日本の規模とスケールが二桁違うというか距離感が違いますね。また前回トレッキングして歩いて、ちいさな山と村をいくつも越えて行くので気付くんだけど、自然のままに非常に広大に見えている山川は、岡の頂上付近まで段々畑がこしらえられていて、実はかなり手が入っている自然なんです。堀木 今回、ヘリコプターで移動してみて思ったのは、はじめはきれいな棚田だなと思って見ていたんだけど、いつまでたってもそれが続くので、次第にまずい、これだと自然破壊だと思いました。山は丸裸にされて必死に生活を支える貧しさが浮かび上がってきた感じでした。 でもそれとは別に、そのような人の手を寄せ付けないような、砂漠とか岩漠とでもいうような荒涼として広大な何もないような景色は、初めて見るからかもしれないけれど心が大きく開かれるような感銘があるんですよね。 カメラを持っていると、多分感覚が何かに触れるとシャッターを押すんだと思うけど、景色に反応しますよね。岡野 一つは高度。高度は大きいと思います。高い所に登ってみると分かりますけど、スケールが違うなという感覚。以前日本の北アルプスの蝶ヶ岳から槍や穂高をみて、とんでもないスケール、ゾクゾクするスケール感を感じたことがあるんですけど、ヒマラヤに行くともう一桁違うという感じでしょうか。高度があって俯瞰して見ているというのは、ある種、神の目なんじゃないかな。そういう意味ではそこで生きている人々の世界観は、僕たちと一緒だろうかと思うんです。堀木 富士山にもかなり見通しの良い荒涼とした景色があるんだけど、ヒマラヤに比べるととても優しい感じですよね。堀木 気に入った写真を選んでみたんだけど。岡野さんの撮った写真ではカトマンズの雑踏が気に入りました。これを見て、写っている人と見ている自分がシンクロして、逆に東京の雑踏を歩いている自分が見えたように思いました。 人々の職業を撮ったものも岡野さんの目を感じて面白いと思いました。ネパール残像 「豊かさの中の貧しさ」と「貧しさの中の豊かさ」が交差する[対談] —— 堀木一男 × 岡野祐三Design Convivia Director Design Convivia Art Director旅人が垣間見るものシャッターを押させるもの■■■■

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